神経と存在の統合を研究する本多理恵

生き延びるために使ってきた力を、
もう一度、自分の人生のために。

ちゃんと生きてきた。
ちゃんと頑張ってきた。

それなのに、なぜか
人生を思い切り生きられない感覚がある。

本多理恵は、あなたの身体に起きている反応を一緒に読み、
本来の力が人生・仕事・関係性・創造へ戻っていく過程を
研究し、伴走しています。

起業23年|900名以上に伴走


こんな感覚はありませんか

能力がないからではありません。
責任を担い、考え、動き、ここまで生きてきた。
それでも、身体が先に止まってしまうことがあります。

  • 人の機嫌が気になって、自分の判断がズレる
  • 発信しようとすると、身体が動かなくなる
  • 価格を伝えるとき、急に怖くなる
  • 頑張っているのに、なぜか仕事が広がっていかない
  • 広げようとすると、止める何かを感じる
  • 家に帰っても家族の感情を察し続けてしまい、休まらない
  • 褒められても、応援されても、どこか素直に受け取れない
  • 「あなたはどうしたい?」と聞かれると、戸惑う
  • 本当はやりたいことがあるのに、一歩が踏み出せない
  • 何も起きていないのに、身体がずっと緊張している
  • 身体に力みを感じる

これは、意志の弱さや能力の問題だけでは、説明できないことがあります。
身体の反応という視点から見ると、今までとは違う構造が見えてくることがあるのです。


なぜ、頑張っているのに人生を思い切り生きられないのか

こうした止まり方は、努力や気合いの足りなさだけでは説明できません。

わたしが実践と観察のなかで見ているのは、
今、安全な場にいても、身体が警戒を解けないことがある、ということです。

発信や価格提示の前に身体が固まる。
人の機嫌を読むことに力が使われる。
応援や売上を受け取る場面で、なぜか怖くなる。

頭では「もう大丈夫」「やりたい」とわかっていても、
身体が先に身を守ろうとしているなら、反応は簡単には変わりません。


神経と存在の統合とは

これは、神経を整えて、ただ安心するためのものではありません。

身体を落ち着かせることそのものではなく、
警戒に使われ続けていた力が、人生・仕事・人との関係性・創造へ戻っていく過程を扱います。

身体に安全の拠点が育っていくと、安心は「ゴール」ではなくなります。
自分の人生を選び、使いたい力を使うための土台になっていくのです。

わたしは、自分自身の体験と、セッションで起きる変化を記録しながら、
この過程を「神経と存在の統合」として研究・実践しています。


自我を、人生の助手席へ戻していく

わたしが「自我の再配置」と呼んでいるのは、
自我を消すことではありません。

これまで自分を守るために働いてきた自我が、
人生の運転席に座り続けている状態から、
本来の位置へ戻っていくことです。

わたしは、その位置を「助手席」と表現しています。

人生のハンドルを、身体の深い感覚と自分自身へ返していく。

自我は、必要なときには役に立ちます。
けれど、人生のすべてを警戒と防衛で決めなくてよくなると、
身体の奥から「わたしはどうしたい?」を感じられる余白が生まれます。


安心が戻ると、人生に何が戻ってくるのか

警戒に使われていた力が少しずつ自分の人生へ戻るとき、
変わるのは「ラクになること」だけではありません。

  • 仕事で、本来の判断ができる
  • 発信や営業、価格提示の前に身体が固まったとき、自分で何が起きているか読める
  • 人の感情に飲み込まれにくくなり、自分で選べる
  • 家で回復し、日常を味わえる
  • 人に合わせる前に、自分がどうしたいかを感じられる
  • 愛や応援を、少しずつ受け取れる
  • 創造したいものが自然に湧いてくる
  • 仕事を「証明」ではなく「表現」として扱える
  • 自分の人生を、自分で選べる

安心はゴールではありません。
本来持っている力を、自分の人生のために使い始めるための土台です。


セッションで行うこと

セッションでは、起きた出来事を「正しく考え直す」ことから始めません。

そのとき身体に、どんな反応が起きていたのか。
何を守ろうとしていたのか。
一緒に丁寧に見ていきます。

わたしは、その人自身にはまだ見えにくい反応を言葉にする、
いわば「身体に起きている反応の通訳」のような役割を担います。

そして、通訳を受け続けることがゴールではありません。
日常で反応が起きたとき、やがて自分で、「今、自分の身体では何が起きているのか」を読めるようになることを大切にしています。


なぜ、継続的な伴走が必要なのか

体験セッションで、頭の中が静かになったり、深い安心を感じたりする方もいます。

ただ、その一度の体験で終わりとは考えていません。
日常へ戻れば、不安、自分責め、緊張、怖さが再び現れることがあります。

そのたびに、

  • 身体で何が起きているかを読む
  • その反応が何を守ろうとしているのかを見る
  • 新しい体験を重ねる
  • 少しずつ、同じ場面での身体との関わり方が変わっていく

この過程を生活のなかで重ねることで、変化は「維持するもの」ではなく、
自分との関係として育っていきます。

セッションの中だけで変わるのではなく、仕事、人間関係、家庭、日々の選択そのものが実践の場になります。

現在は、120分のセッション4回とMessengerでの伴走を含む、4ヶ月を基本とした継続サポートをご案内しています。


実践のなかで見ている変化

セッションのなかでは、頭の中が静かになることがあります。
けれどわたしが大切にしているのは、その静けさだけではありません。

以前なら「また戻ってしまった」と感じていた不安や緊張を、
「今身体では何が起きているのだろう」と見られるようになること。

人に合わせる前に自分の感覚を確かめたり、
止まった自分を責める代わりに、身体が何を守ろうとしているかを見たり。
そんな小さな変化が、仕事・人との関係性・創造の選び方に広がっていくことを、わたしは見ています。


なぜわたしは、これを研究しているのか

わたしが欲しかったのは、特別な人生ではありません。

安心して朝を迎え、
好きな人と笑い、
仕事を楽しみ、
夜、安心して眠る。

そんな普通の日常でした。

けれど長い間、頑張っても、成果が出ても、愛されても、
身体の奥にある「こんなわたしではだめだ」という感覚は消えませんでした。

何かがうまくいかないたびに、
「わたしの何が悪いのだろう」と自分の中に原因を探し、
自分を修正し続けてもいました。

振り返ると、わたしは長い間、
自分自身を“問題のある存在”として扱っていたのだと思います。

だから、問題探しが終わらなかった。

身体の声に耳を傾けるなかで、わたしは少しずつ、
安心を知らないまま警戒し続けていた自分の神経に出会いました。

だからわたしは、誰かの一般論を当てはめる前に、
自分の体験と、目の前で起きている変化を丁寧に見続けています。


研究を読む

神経と存在の統合、自我の再配置、日々の体験と観察については、
noteとアメブロに記録しています。


自分の身体で起きていることを、一緒に見てみませんか

体験セッションでは、今の反応の構造と身体に起きていることを一緒に見ます。
4ヶ月の伴走が合うかどうかも、体験のなかで率直にお伝えします。

まずは、頭で答えを探す前に、
今、自分の身体で何が起きているのか。
一緒に見てみませんか。